ボランティア

3度目の熊本県益城町ボランティア

7月初等、再び熊本県の益城町へ行ってきました。
連日、TVテレビなど多くのメディアが押し寄せていた、町中心部の総合体育館やその北側の木山地区などは、日本中に大きく報道されていましたが、そんな報道合戦の渦中から漏れて、世間からの注目もない、だけれど、実は集落全体が壊滅的な被害を負っている、そんな隠れた被災地域が、益城町には点在しています。
今回おとずれた島田地区の東無田も、そんな壊滅的な被害を受けた集落の一つ。200名ほどの集落ですが、地区内のほとんどの建物に赤紙(全壊)が貼られ、いたるところに完全に崩れた家屋が見られ、一見まともに見える建物でも、よく見ると建物全体が斜めになっていたりして、緑の紙が貼られている建物はほとんど見ることができない地区です。
前回、前々回と訪れた木山地区でも驚愕を受けましたが、今回の東無田は、それ以上に倒壊状況がすさまじく、いかにこの辺りが激しい揺れと、悲惨な被災体験をされたのかが、既に3ヶ月が経った今でも、ここに足を踏み入れただけで、すぐに実感しました。

区長さんの話によると、報道カメラは町の中心部にばかり集まり、この東無田のように村外れにまで足を運んでくる取材陣は皆無だったため、同じように被災しているのに世間の注目はまったく寄せられず、ここへは自治体の支援もボランティアも一切来ることが無かったそうです。ただ待っていても支援物資は回ってこない、では取りに行こうということになっても、配給や支援物資は、最寄りの避難所まで片道30分の道のりを足場の悪い中歩いて行かねばならない、というような状況で、神社横(その神社も拝殿が全壊)の小さな公民館を足場に、区長さんや消防団が自主的に避難所や対策本部を立ち上げて、地区の救済に動いたそうです。それでもメディアに注目されない非運から、ボランティアの目にも留まらず、誰も救済の手伝いには来てくれることが無かったと、区長さんは語っていました。
その区長さんが、見るに見かねて町中心部へ出向き、そのあたりにいた報道を一人捕まえて「こんな場所もあるんだ」と、半ば拉致のような形で車に乗せてこの地区へ連れてきたことで、「こんなひどい地区もあるんですね」と一回電波に乗ったことで、ようやく、公益活動を行なっている財団の目に留まり、そこからようやくボランティアが入るようになったとのこと。しかしそこまでに至ったのは、地震発生からなんと1ヶ月も経った後の、5月半ばで、それまでは、地区住民同士の努力だけで乗り切ってきと聞き、なんとも言えない気持ちになってしまいました。
私たちが滞在していた、このタイミングでも、町が運営するボランティアセンターからは、ボランティアの派遣が来ておらず、ここに入っているボランティア団体と、彼らが集めるボランティアだけで、支援活動が行なわれている状態でした。

震災から3ヶ月が経ち、避難所にいた人達も、多くは自宅に戻っておられるようですが、その生活実態は、建物内での起居ができず、庭先で生活されておられる方も多く、車内に生活感が漂う自家用車や、庭にテントを張っておられる家も数多く見かけました。
今回この地区では、避難所での支援作業は既に需要もおさまり、サポートの軸足は各戸への支援に移っていましたので、私たちの今回の活動も、個人宅での瓦やブロック、コンクリート片の運び出しや、破損したコンクリート塀の撤去といった、マンパワーが必要とされる現場での活動に終始しました。

大きな母屋とそれに付随する農業用納屋が建ち並び、出会う住民の方々も年齢層の高い方々が多いという、町中心部とはまた違った環境での被災状況は、今回の訪問で絶対的なマンパワーの不足を感じると同時に、いろいろと考えさせられることも多くありました。
地区の外れでは、仮設住宅の建設が進んでいます。テント生活などを強いられておられる被災者の方々には、一日も早く、畳の上でゆっくたり過ごせる時間を取り戻して欲しいものだと思います。

今回の益城町でのボランティア参加で、ボランティアに入る入口は、各行政区分の社協が設置したボランティアセンターだけではない、ということを正直言って初めて知りました。また行政も全てをカバーしきれていない、ということも知りました。ボランティアの需要に応えたいと思う篤志は、行政が窓口となっているボランティアセンターにだけ目を向けるのではなく、その陰で行政に頼れず(たとえ頼っても行政も余裕がないのでしょう)物資と人手不足に悩みながらも支援活動を行なっている民間のNPOにも、もっと目を向けねばならない、と分かった3回目の益城町訪問でした。

追伸:今回お世話になった、東無田地区に入っているNPO法人「RQ九州」では、引き続きボランティアを募集しておられます。参加の場合は、RQ九州ウェッブサイトにて事前登録なさってください。

再び、熊本へボランティアに行ってきました

前回の訪問から約1ヶ月。最初の地震に見舞われてから約40日が経過した被災地を5月25日、再びボランティアとして訪れてきました。
当初は、被害がより大きいとされる南阿蘇村の立野に入る予定で、事前登録も、装備品も全て準備万端整えて向かったのですが、ゴミ集積場が満杯になってしまった影響や悪天候もあって、結局、今回の訪問中は南阿蘇村での活動機会は無くなってしまい、急遽予定を変更し、前回と同じ益城町に入ってきました。
急遽の予定変更のため、向こうで何をするかは現場で探そう、と言うことになり、今回は1日は知人がボランティアとして運営に入っていた避難所へ。残り2日は、益城町ボランティアセンターで、市民からの支援依頼に応える形で、瓦礫撤去や集積場への運搬に携わってきました。
前回は、地震発生後十余日という非常時状態下で、次から次へと現れる山積みの問題を前に、とにかく何でも手当たり次第に、誰もが場当たり的な対応に負われるような状況でした。しかしそれから1ヶ月という時間が経った今は、たとえ非常事態の避難所ではあっても、そこには非常時は非常時の中での秩序が確立しつつあるようです。
それは、避難されておられる方々に良い環境をもたらす秩序もあれば、公平さや問題回避を考えがちな お役所的な秩序といったものも見受けられました。しかし、そんないい意味での秩序も、う〜んと思うような秩序も全てひっくるめて、あの日から確実に、少しずつでも、復興に向けて、また普通の生活に向けて、前進しつつあるのだなぁと、感じて帰ってきました。

現地で求められているボランティアの活動内容も、地震が発生してまだ間も無い頃だった前回は、避難に関係することがほとんどで、今この瞬間をどう同乗り切るかといった感じが多分にありました。しかし今回は、個々の家の片づけなど、これからの復興に、そして前進することに繋がって行くための準備、といったお手伝いが増えてきたように感じます。

今回、避難所は一日だけしか訪れなかったのですが、そこでは、衣食住の支援態勢については、居住区画を分けるパーテーションや食事の焚き出しなど、ハード面の整備は既に整っており(ただし、避難者の方々にとっては決して完全でもなければ快適でもないと思いますが…)、日々の掃除や慰労といった環境整備のソフト面でも、避難所運営者の方々だけでなく、避難者さんたち自身の協力体制もあって、不便な中にも先にも述べたような、秩序立った避難所運営がなされているように見えました。
そこで感じたのは、既に今は避難所では、マンパワーもさることながら、いかに上手く避難所を運営して行くかと言った、ソフト面でのさらなる充実が、より必要とされているのだなぁ、ということ。
そこでは、単なるお手伝いのボランティアではなく、避難所運営の経験や、心理や医療など理論的な裏打ちのあるプロフェッショナルがより求められる場なのだろうという思いに至り、そのこともあって、翌日以降は、町が開設したボランティアセンターに詰めることとしました。
ボランティアセンターでは、個々に寄せられる被災された方々からの依頼にお応えする形で、マンパワー提供型のボランティア活動が、まさに求められている真っ最中。
今、被災地では、倒壊塀の撤去や廃棄物の取りまとめ、運搬といった、まさにマンパワーが必要とされていて、私も今回、それらの作業に携わってきたのですが、必要とされているのは人力だけではありません。廃棄物を運搬するためのトラックも大幅に不足しています。ボランティアセンターが掻き集めたトラックだけでは、効率的に需要に応えられるだけの台数には届かず、ボランティアの方々が乗り付けてきたトラックもフル稼働のようでしたが、日によっては、提供されるトラックの台数も十分ではないようです。ですからもし今後、トラックをお持ちの方がボランティアとして現地へ入る予定があるのでしたら、できるだけ、トラックで現地入りしてあげてください。
それもできれば、大きなトラックより、小回りの利く軽トラックが、被災地では重宝されます。幅のある大きなトラックだと、荷物は多く運べますが、入れる道が限られてしまいます。狭い道にも入って行ける軽トラでしたら、行き先について制約がかけられることがありませんし、運ぶ廃棄物が多ければ、台数があれば2台3台と連ねることで、大きなトラックの輸送力と同等の力を発揮できます。
住宅街の中では、今はまだまだ道路の半分を瓦礫が塞いでいる箇所も多くあります。鉄筋が入った頑丈なブロック塀の解体でも、ハンマーとワイヤーカッターと人力だけでコツコツと崩していくようなボランティアの作業レベルには、軽トラが丁度いいサイズなのです。

また今回、対応してきた依頼の中には、土のう数袋程度の運搬依頼もありました。私はハッチバック式の小さな乗用車で行ったのですが、リアシートを全て畳んでしまえば、小さな乗用車でも、頑張れば土のうは5〜10袋ぐらい載せられます。実際、私の小さな車でも、土のう6袋とか9袋載せて運んできました。ですから、たとえ軽トラは持っていなくても、車でボランティアに参加される場合は、車内に敷けるサイズのブルーシートを1枚、持参して行けば、きっと何かの役に立つことでしょう。
それと、土のうを満載にして気付いたのが、タイヤ空気圧。私の車は、荷重満載時の指定空気圧が通常時よりもかなり高い数値で指定されているのですが、今回はそこまで気を回さずに出かけてしまったので、低い空気圧のままで、土のうを満載してしまいました。今後ボランティアに車で参加する時は、念のため空気圧を高めてから出かけようと思います(もしくは、現地到着前にスタンドで空気を入れておくようにしたいと思います)。

運搬に関して、不足しているのはトラックだけではありません。ボランティアセンターが掻き集めた軽トラは、すべてオートマで揃えるというわけにはいかず、マニュアル車も何台も並んでいました。しかし、マニュアル車を運転できる人は限られています。そのため、せっかくボランティアの人数も揃い軽トラもあるのに、それがマニュアル車のため出動できず待機状態に、という場面がありました。今回、私もマニュアルの軽トラで、何度か廃棄物の運搬をしましたが、運搬需要が増えるステージにおいては、マニュアル車を運転できるというだけでも、ボランティアへ参加する価値は十分にあると言えるでしょう。
このように、今 現地では、思わぬ局面で思わぬ人材が必要とされています。見ていれば、力仕事の家具起こしから、軽作業の補助、またガラスの破片拾いのように繊細な注意力が必要とされる作業もあったりと、多種多様な人材が幅広く求められています。ですから、誰でも健康でさえあれば、体力が無ければ無いなりに、力があればそれはそれなりに、そしてまた、たとえ手に技術がないと思っていても誰でも何か一つは持っているであろういろいろな特技は、どこでどう役に立つか分かりません。ですから、何があっても不思議じゃない被災地では、きっと誰でも何かお手伝いできることはあります。ですから時間と経済面で余裕のある方は、ぜひ、ボランティアに参加していただければと思います。

ただし、装備、準備は十分にしておいてください。そんなこと滅多に無いだろう、と思っていた釘の踏み抜きも、今回、初めて現場を目の当たりにして、驚きと同時に、恐怖も感じました(破傷風になると命取りですからね)。しかしそれと同時に、(そんなこと必要あるのかな…?と思いながらも)踏み抜き防止のクツ中敷を入れていたことに、ホッとした安堵感も(^^ゞ。

釘踏み抜き防止機能付安全靴(普通の靴でも踏み抜き防止中敷を入れればOK)と、ヘルメット、ゴーグル(か、メガネ)は、災害ボランティアの現場では、身を守る最低限の3種の神器です。それに加えて、長袖長ズボン、軍手、自分の食糧と水は必携。防塵マスク、革手袋(ガラスを扱う時)、長靴(踏み抜き防止中敷も入れておきましょうね)も、できるだけ用意しておきましょう。それでも怪我をする時はしてしまうものです。そんな時のために、忘れちゃいけない、ボランティア保険!
今、益城町のボランティアセンターでは、ボランティア保険に未加入の人でも、無料で保険加入の手続がされます(保険料はボランティアセンターが負担)。この保険は1年間有効で、益城町以外の場所でのボランティア活動でも保険の対象となるとのことですから、事前に保険加入の手続をする時間がなかった人でも、安心してボランティアに参加できるのではないでしょうか。しかも無料ですから!
(ただし、いつまで無料加入ができるのかは、定かではありません。予算が尽きれば終わるかも…?)

再び、熊本ボランティア参加のため臨時休業します

先月に引き続き、今回も、熊本でボランティアとして復興のお手伝いに参加するため、5月24日(火)の午後から、27日(金)まで、臨時休業とさせていただきます。この間は、電話、メール等、つながり難いかもしれませんが、悪しからずご容赦下さい。
27日以降は、カレンダー通りの営業となりますので、本格的な営業再開は週明けからとなります。お急ぎのお客様には、まことに申し訳ありませんが、それまでお時間を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

熊本県益城町 復興ボランティア

最初に震度7の地震に見舞われてから13日目の益城町に入り、現地で2日滞在して今日帰ってきました。
これからボランティアへ向かわれる方々への、参考になればと思い、そこで感じたこと、経験したことを簡単にお伝えしておきます。
ただし被災地では、日々刻々状況は変わっているので、たとえ1日前の情報でも、今日にはまた変わっていますので、参考程度に捉えておいて、現況は各自で各地社協などでご確認下さい。

益城町のボランティアセンターは、イセキ農機の熊本製作所の一角。工場の敷地内の野球グランドと老人ホームの建物を借りて設営されてます。
私たちが入る前日に、ボランティアのフリをした犯罪行為があったことから、今は、犯罪防止のため、毎日異なったフォーマットで名札を付けるようになっています。ですから、まずは必ずここで、正規のボランティアであることを示す、その日のフォーマットを入手しておく必要があります。

現在、益城町では複数カ所に避難所や支援物資集積所が設けられていますが、私が入ったのは、空港のそばの、通常でしたらリゾートホテルとなっている「ホテルエミナース」という施設に設けられた、避難所兼物資集積場に入りました。ここは、大きな駐車場もあるため、ホテル屋内だけでなく、駐車場に車で避難されておられる方々も、大勢避難されていました。
物資は、集積所ということもあり、量は豊富で、ペットボトルの飲料水や衛生用品はかなりだぶつくような状態でした。食料も不足感はなく、炊き出しは一部が余ったりするような状況でもありました。水は、屋内のトイレやシャワーは通水していましたが、水道水ではなかったので飲料不可で、飲料水は給水車や、ペットボトルに頼っている状況です。

避難所の運営は、場内清掃など、人手のかかる作業を限られたボランティアの人数で何とか回している状態で、その人達の疲労軽減の意味でも、マンパワーは常時、必要とされている印象を受けました。特に支援物資の仕分け・運搬が、後回しにされていて、そのためのマンパワーが、必要にされているように感じました。
現に、私も、トイレ掃除と支援物資の分類に従事していましたが、特に支援衣料品の分類は後手後手に回っていて、全くの手付かずの状態でした。
2日間のボランティア活動で、支援衣料品の一部は、ある程度、被災者の方々に、直接手で取って選んで持って行ってもらえるよう、衣料品配布テントの設営までこぎつけましたが、それでもまだ、大量に衣類は集積テント内に残っています。
洗濯がままならない状況でしたので、新しい靴下や肌着を探しに、のぞいて来られる方々が特に多かったのですが、それらは、積み上げられた支援衣料品の山の大きさから比べると、ほんの一握りほどの分量しかありません。多くは、各種の古着が混載された段ボールで、それらを仕訳するために、貴重なマンパワーリソースが消費されてしまう状況です。
もし支援物資を提供される予定があれば、同じ物を大量ロットで、一箱全部中身は同じ物という形で送られることをお奨めします。そうすれば、仕訳の行程を経ずに、「ご自由にお持ちください」と札を付けるだけで、すぐ避難者の方々の目に付く場所に置けたり、たとえ、保管場所に一旦格納となっても、必要な時に箱ごとすぐ持ち出せるので、避難されておられる方々へ、より早く届きやすくなります。

その保管場所も、地面じか置きの支援物資は、雨が降るとブルーシートを敷いていても、段ボールが濡れて、底が破れたり、中の物が濡れてしまうので、輸送用平パレットを敷いて、地面から嵩上げした荷物置き場を作っているのですが、そのパレットが不足しており、支援物資を展開する場所が不足してくる状況もありました。
支援物資というと、第一には避難者の方々が不足する物を思い浮かべますが、避難所やボランティアセンターを設営運営し続けるための資材も、寄付できる方、提供できる方は、そういった二次的な分野への協力も、意義あることだと思います。

益城町のボランティアセンターは、駐車スペースも少なく(野球グランド1面のみ)、スタッフも少ない小規模なものなので、ゴールデンウィーク中は、個々に大勢が来られても対応が不可能と言うことで、連休中の県外からのボランティアの受け入れはお断りすると、昨日、方針を決められたそうです。来るなら、ぜひとも、人が激減するであろう連休明けに来て欲しい、それまでは静観していて欲しい、と言うことでした。熊本市のような大きな自治体は別かもしれませんが、町村部のボランティアセンターはどこも同じような状況だと思います。
直下型地震は、阪神大震災の時もそうでしたが、被災地のすぐ横の隣接地域は、もう日常の生活を送っている地域なので、そこの人たちは、これまでと同様の日常生活を送っています。地方でよく見かける、朝の車での通勤ラッシュも、場所によっては激しい渋滞があり、そこに加えて今は、災害復興関係者の車両も立ち行ってくるので、朝夕の渋滞は、さらに拍車をかけたものになっています。
今後は高速道路の一般車輌通行再開などで、少しは緩和される所もあるとは思いますが、周囲での移動は、場合によってはかなり時間を要することになるかもしれません。できれば、ボランティアも活動地で宿泊できれば良いのでしょうが、ゴールデンウィークは、県内ボランティアだけでも、町内どこにも車を停めるスペースすらも無くなるだろうとのことですし、震源地からやや離れていて、比較的、地面が空いていそうなエミナースでも、駐車場は被災者優先のため使えません。テントを張る場所も難しいかもとのことでした。そういった意味でも、町村部へのゴールデンウィークの個人でのボランティアの立ち入りは、かなり厳しいかと思います。
行政の調査スタッフ報告によると、益城町よりも南阿蘇村谷西原村の方が、被災規模、対応人数ともに悪い状況で、特にそこは、震災災害というよりも、台風洪水災害時の時と同様の土砂災害の様相を呈しており、土砂災害は、長期化するので、今後は、そっちの方により人手が必要になるだろう、との分析でした。

益城町を中心とした倒壊家屋の多い地域については、余震も続くいているので、がれき撤去に人が立寄るのが今は難しい状況ですが、今後、余震が収まり、建物調査も進んで、立ち入りできるようになるところが増えてくれば、今後は、家の後片付けの手伝い要請も増えて来るであろうとのことです。それらの需要が増えてくるタイミングと、連休が終って、ボランティアの人数が減ってくるタイミングが重なるのは必至ですから、連休以降が、心配てせもあります。
そのため、というわけでもないのでしょうけれど、明日から、大阪南港から門司までの、名門大洋フェリーが、自己申告でボランティア計画書を提出すれば船賃が2割引。
フェリーさんふらわーの大阪・神戸〜別府・大分・志布志航路が、各社協発行のボランティア活動参加証明書を提出すれば、期間中いつでも5割引の優遇を受けられるようになる、とのことでした(6月末まで)。
次回は、私もこの制度を使って、船でゆっくり体力を温存しながら、折を見て復興のお手伝いに行きたいと思います。

熊本地震災害復興支援ボランティア参加のため臨時休業します

熊本での地震災害からの復興のお手伝いのため、4月26日から28日まで、ボランティアに参加して参りますので、急なお知らせとなりますが、この期間は臨時休業とさせていただきます。この間は、電話、メール等、つながり難いかもしれませんが、悪しからずご容赦下さい。

なお29日以降は、ゴールデンウイークに入りますが、今のところ、カレンダー通りの営業を予定しておりますので、お急ぎでないかたは、申し訳ありませんが、それまでお時間を賜りますよう、よろしくお願いいたします。